ウオーキング歩く.com

歩いて健康!

さくら名所100選に選ばれた桜の景勝地、船岡城址公園のアクセスや駐車場情報をまとめました!

約 1 分
さくら名所100選に選ばれた桜の景勝地、船岡城址公園のアクセスや駐車場情報をまとめました!

船岡城址公園は、宮城県柴田郡の四保山に築かれた船岡城の城跡に整備された公園です。伊達騒動などの幾多の歴史的な事件を見守ってきた船岡城址ですが、今日では東北有数の桜の景勝地として名を馳せています。公園内には1.000本の桜が植えられており、満開時には全山を桜色に染め上げます。麓を流れる白石川堤の一目千本桜とともに、宮城県では唯一、さくら名所100選に選ばれています。2015年3月には船岡城址公園と白石川堤をつなぐ歩道橋 「しばた千桜橋」が開通し、一目千本桜との行き来がしやすくなりました。頂上へはスロープカーに乗っていけます。桜のトンネルをくぐりぬけるスロープカーからの眺めは素晴らしく、全長305m・3分40秒にわたる桜尽くしの空の旅を体験できます。頂上からは、一目千本桜と白石川を中心に柴田町の街並みが一望できるほか、遠く蔵王連峰や太平洋までをも望める絶景が広がります。「みやぎ蔵王三十六景」のひとつに選ばれている見事な眺望を楽しめます。山頂には高さ24mにも及ぶ巨大な船岡平和観音像が建立されています。手には平和の象徴であるハトを抱き、たおやかに微笑むその姿は、遠く離れた場所からも仰ぎ見ることができ、柴田町のシンボルになっています。以前は胎内に入ることができましたが、東日本大震災の影響により、現在は入れません。山頂には、1000㎡に広がる花のガーデンもあります。チューリップやバラをはじめとする100種類以上の季節の花や花木を、楽しむことができます。
船岡城址公園の桜を麓から見上げると、三の丸近くの薄紅色に染まる桜のなかに、1本だけぽつんとそびえる緑の木が目にとまります。この木は、山本周五郎を代表する時代小説「樅ノ木は残った」のモチーフとなったモミの木です。小説の主人公となった原田甲斐の居城が、船岡城です。昭和45年に放送された大河ドラマ「樅の木は残った」の影響もあり、この樅の木を見に訪れる人も多くいます。山本周五郎ファンや、同小説に感動した人にとって、船岡城址公園はまさに聖地でもあります。

船岡城址公園の基本データ

・住所: 宮城県柴田郡柴田町大字船岡館山95-1
・入園料: 無料
・営業時間: 終日開放
・定休日: なし
・交通アクセス: 【電車・バスをご利用の場合】JR船岡駅下車 徒歩約15分 
【マイカーをご利用の場合】東北自動車道・村田ICより約11km / 白石ICより約12km / 仙台東部道路・岩沼ICまたは亘理ICより約14km
・駐車場の有無: あり / 300台 / 桜まつり期間中は有料 – 普通車500円
・問い合わせ先: 柴田町観光物産交流館「さくらの里」(電話:0224-87-7101)

船岡城址公園のイベント情報

桜の開花にあわせて、4月中旬から下旬まで、「しばた桜まつり」が開催されます。
6月上旬から7月上旬まで、「しばた紫陽花まつり」が開催されます。2,600株の紫陽花が公園内を彩ります。

船岡城址公園の樅の木

船岡城址公園の三の丸に、1本だけたたずむ樅の木は、公園の下からでもはっきりと見えます。この樅の木を主題として書かれた山本周五郎の時代小説「樅ノ木は残った」は、船岡城主の原田甲斐を主人公に、有名な「伊達騒動」に新たな解釈を与えた名作として、今も読み継がれています。物語は、17世紀半ばの伊達藩のお家騒動を中心に展開していきます。3代藩主伊達綱宗は、見に覚えのない行状を告発され、伊達藩主の地位を追われます。代わって藩主となったのは、まだ幼い2歳の亀千代です。亀千代の後見には綱宗の叔父にあたる伊達兵部が就き、実権を握ります。ここに、伊達兵部と綱宗一派との間に、激しい権力闘争が発生します。綱宗がもっとも信頼していた甲斐ですが、綱宗の隠居後は兵部の勢力に取り込まれ、国老の地位を与えられます。兵部の強引な藩政に疑問をもつ藩士たちは、兵部に寝返ったように見える甲斐のもとを次々と去っていきます。友人も消え、甲斐は一人で淡々と職務をこなします。しかし、甲斐にはなんとしても伊達藩を存続させようとする思いがあり、そのために敵の懐に入り、敵情を探っていたのです。当時は徳川にとって都合の悪い藩を取りつぶすことが平然と行われており、兵部が幕府老中と通じていると、考えたわけです。胸の内を誰にも明かすことができず、甲斐は庭にある樅の巨木を前に語ります。「私はこの木が好きだ。この木は何も語らない。だから私はこの木が好きだ」、孤高を保つ樅の木は甲斐の姿そのものでした。この続きは、ちょっと長くなりますので、小説をぜひ読んでみてください。
史実だけ言えば、原田甲斐は「伊達騒動」の渦中に斬死を遂げ、一族の男は切腹、女はお預けとなり、多くの家臣は武士の身分を剥奪されて帰農を余儀なくされるという、あまりにも過酷な運命をたどることになります。この小説が出るまで、原田甲斐といえば伊達藩にとっての裏切り者であり、大悪人として扱われてきました。しかし、小説発表後の評価は180度変わり、今では原田甲斐は伊達藩を救った英雄となっています。もちろん歴史的な真実はわかりません。ただ、原田甲斐が亡くなったあとも、地元の農民たちが中心となって、甲斐の遺骨を神社の境内の裏手に、伊達藩の目を盗んで葬っています。神社に向かって手を合わせれば、甲斐の冥福を祈ることになるからです。伊達藩の手前、甲斐の遺骨をきちんと葬り、手を合わせることは許されないことでした。また、命日には家臣たちが藩に隠れて集まり、甲斐を偲んだと伝えられています。この集いは、現在もまだ続けられているそうです。伊達藩の主張するように、甲斐が一方的に悪人であったなら、甲斐がこれほどまで慕われることはなかったでしょう。そこには史実として伝えられていることとは異なる真実が、隠されていたのかもそれません。

船岡城址公園でウォーキングをする魅力

船岡城址公園でウォーキングするには、桜の季節がおすすめです。清流・白石川と残雪の蔵王連峰を背景に咲き誇る「一目千本桜」の並木道は、一度はなんとしても歩いてみたい道です。一目千本桜は、白石川の堤防約8kmに渡り、合計およそ1,200本のソメイヨシノがつくる桜のトンネルです。その三分の一が樹齢80年を越えており、どっしりとした見事な枝振りを見せています。8kmもあるため、どの区間を歩けばよいのか迷ってしまいます。とりあえずは、大河原駅から船岡駅までの一駅、およそ3.5kmを歩いてみるとよいでしょう。ちなみに開花時期は、JR東北本線の船岡駅~大河原駅で、電車によっては徐行運転が行われるそうです。なかなか粋な計らいです。一目千本桜は土手の斜面に並んでいるため、土手の上を歩けば、ちょうど視線の高さに桜の花びらが見えるため、花を仰ぐ必要がありません。一目で千本の桜を見渡せるように感じられるのは、視線の高さにあります。土手の上ばかりでなく、川沿いにも遊歩道が延びています。歩く人は少なめですが、降りてみると一気に視界が開け、清らかな水をたたえる白石川と、川向こうにある桜が見渡せ、土手上の遊歩道とは異なる桜景色を楽しめます。白石川を優雅に流れるお花見屋形船を見かけることもできます。桜祭り開催中は、露店もかなり出ているため、ビールを片手に歩きながらの花見もでき、便利です。やがて左奥に船岡城址公園を埋め尽くす桜が見えてきます。しばた千桜橋を渡って、公園内に入りましょう。橋の上からの眺望は素晴らしく、一目千本桜と公園の桜を一望できます。公園内の桜を観賞したあとは、忘れずに三の丸にぽつんとたたずむ樅の木を訪れてみてください。

ウォーキング資格講座  ウォーキング資格講座

Leave A Reply

*
*
* (公開されません)